プロフィール

運営者の紹介

現在、妊活をしている30代後半のフリーランスのWEBデザイナーです。(2015年現在)

このサイトを立ち上げるきっかけは、私自身が流産と稽留流産を繰り返しているので、自分の体験をもとに少しでも色々な方の役に立てればいいなっと思って立ち上げました。

不妊症や不育症は、家族や友達に相談しづらい部分があるかと思います。
不妊の病院に行くのは恥ずかしかったり、自分が不妊症であるというのを認めるのが怖かったりでなかなか一歩を踏み出せない方も多いかと思います。

でも、妊娠には女性の体のタイムリミットがあるので、後悔しないようにして欲しいと思います。
そして、私の体験談を見て下さった方に少しでも希望や勇気をおすそわけできたらいいなっと思っています。

妊活をしていると、赤ちゃんができない焦りや不安からストレスを感じてしまうことがありますよね。

不妊治療や不育治療をしている方の中には、治療が思い通りに進まなかったり、周りの何気ない一言に悲しくなったりイライラしてしまったり。

ただ子供が欲しいだけなのに、なぜこんなにつらい思いをしなければならないのかと思ってみたり、街で見かけた妊婦さんや赤ちゃんを見かけるだけでもつらくなったり。

妊活をしながら生活していると、前向きになったり、落ち込んだりと気分の浮き沈みも激しくなり、そんな自分が嫌になって自己嫌悪になってしまったり。

でも、もう一人で悩まないで!
世の中には、あなたと同じことで悩んでいる女性がたくさんいます。

私も不妊に悩んでいる一人です。過去に妊娠したけど1度目は稽留流産、2度目は子宮外妊娠。
さらに不育症です。でも、現在も仕事を続けながら妊活をして過ごしています。

妊活をはじめる前までの道のり

私は仕事一筋でバリバリ働いてきて、32歳で結婚しました。
まだまだ、仕事はしたいしお金に余裕も欲しいし、子供は2人でいいから、35歳と37歳くらいで産めたらいいなっと漠然と考えてきました。

そして、34歳の終りから妊活を始めました。
基礎体温は結婚当初からつけていたのですが、5カ月くらいはまったく妊娠しませんでした。
私は生理の周期が28日~42日と不順であったため自分でタイミングをとるのが難しいかったのです。

初めての化学流産

そこで、排卵チェッカーを使用しました。
そして、6か月目にして初めての妊娠。妊娠検査薬がうっすらと反応しました。
産婦人科に行ったのですが、子宮外妊娠か化学流産の可能性が高いという判断でした。
結局、生理予定日から2~3週間が過ぎてから、いつもよりも重い生理がきました。

2回目の化学流産

次に妊娠したのが、1回目の化学流産後の2カ月後です。
2回目の妊娠は、くっきりと妊娠検査薬が反応しました。
やっと正常に妊娠できたかな?っと嬉しくなりました。
2週間後に産婦人科の予約を入れました。
しかし、生理予定日から2週間後に、出血して生理になってしました。

初めての妊娠と稽留流産

3回目の妊娠は、不妊の病院に通いながらタイミングをはかっている時に妊娠しました。
心拍の確認が出来たので、出産予定の産婦人科に転院をしました。
出産予定の産婦人科で2回目の検診の時に、心拍が停止していて約10週で稽留流産となりました。

現在は、流産手術後の1回目の生理が来るのを待っている状態です。
妊活をしていて、不妊の病院に通っていて、妊娠をしたので仕事をセーブしていました。
しかし流産してしまったので、時間に余裕ができたためこのホームページを立ち上げることにしました。

私がこのホームページを立ち上げるにあたって、初めに一つだけ決めた事があります。
それは、もし私が無事に妊娠・出産した場合には、その内容については記載しないという事です。

私自身、流産と稽留流産を経験して、妊婦さんや赤ちゃんを見るのが少しだけ辛い時期がありました。
人の幸せを喜べない訳ではないのですが、心のどこかで「どうして私だけ出来ないの?」っと悲しくなる時が何度もありました。

ですので、このホームページも基本的は妊活・不妊・不育などの内容についてのみ紹介したいと思います。
ちょっと暗い内容ばかりじゃない?っと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、病院や治療などについて参考になるような記事を書いていくつもりですので、暗いくて悲しい内容ばかりにはならないようにしたいと思います。

それでは、世の中の赤ちゃんが欲しい女性が少しでも明るく前向きに妊活・不妊・不育ライフを送れるように応援できるホームページに仕上げていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

余談ですが、ホームページに記載されている内容につきましては、素人が書いている文章ですので医学的な部分など色々と間違っている内容もあるかもしれません。

医学的な部分につきましては、参考程度にして頂けますと幸いです。

(2015年7月の時点での内容となります。)

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2回目の妊娠と子宮外妊娠

その後、ホームページを立ち上げて11ヶ月が経ちました。

今年の4月に妊娠が発覚。昨年に稽留流産でなくした子も4月に妊娠したので、戻ってきてくらたのかなっと喜んでいた矢先に異常妊娠であることが発覚しました。

妊娠6週が過ぎても胎嚢が確認できず。

大きな病院の産婦人科に通院していたにも関わらず子宮外妊娠の中でも珍しい場所に着床していたことで発見されることなく、妊娠10週くらいで子宮外妊娠破裂で救急車で運ばれ、卵管切除手術と輸血により命が助かりました。

こんなにも不運が続くときってあるのかと自分のことながら驚きました。

私は赤ちゃんには恵まれない運命なのではないかっと思う気持ち半分。次の妊娠こそは大丈夫と思う気持ち半分。

現在は退院して自宅療養しながら、仕事に復帰しはじめています。

(2016年5月の時点での内容となります。)

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3回目の妊娠と部分胞状奇胎

前回の2度目の流産から1年半が経過して妊娠を諦めたタイミングで3度目の妊娠が発覚。

妊娠当初から微量の出血とつわりがとても酷かったため、早めに病院を受診しました。

つわりは、トイレから離れられなかったり、一人で病院に行くのが辛いくらい大変な感じでした。

生理予定日から14日間しかたっていなかったため、期待はしていなかったのですが、はやり胎嚢などは確認できなかったです。

その後、2~3週間たってもつわりだけが酷く、相変わらず胎嚢は見えない状態のまま。

流産が確定して、2度目の流産手術を経験しました。

今回も染色体の検査をお願いしていのですが、流死産絨毛・胎児組織(POC)染色体分析検査の結果は、染色体異常が見つかりました。
その後、部分胞状奇胎であることが分かり。半年間の内診と血液検査が必要になり妊活はお休みすることになりました。

(2018年1月の時点での内容となります。)

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子作りを諦めて夫婦二人の生活へ

2014年から始めた妊活ですが、当時は34歳でした。

そして、6年間の妊活で原因不明の不育症が発覚したり、妊娠して子供を授かっても稽留流産・子宮外妊娠・胞状奇胎と出産までは至らずに来ました。

2018年で39歳になり、2019年で40歳になります。
私は、妊活をはじめた当初に自分の中でタイムリミットを40歳までと決めていました。

実際に39歳も終わりに近づいてきた時に、ものすごく悩み考えましたが、妊活を終わらせることにしました。
これから先は夫婦二人で好きなことをして、楽しく仲良く過ごして行きたいと思っています。

妊活を終わらせると決断したときの事などは、後日このサイトでご紹介したいと思います。

子供を授からなくても幸せな人生は存在します。

そして、自分の子供に恵まれなくても養子縁組や里親などで子供を預かったり授かることもできます。

また、寄付や支援など様々な形で子供たちを支えることはできます。

私が生きていく存在意義は、自分の子供の母親にはなれないけれど、たくさんの未来ある子供たちの母親になることなのではないかと思っています。

(2019年3月の時点での内容となります。)